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「1Q84」

村上 春樹
新潮社
¥ 1,890
(2009-05-29)

図書館で順番待ちしていたのが、かなり早く廻ってきてありがたかった。
持って帰るのが待てずに、帰る途中、目に入ったドーナツ屋で読み始めてしまった。
わたしは、ドーナツってそう好きじゃなく、年に1回食べるか食べないかくらいものだけど、
村上春樹はドーナツが大好きらしい。何のドーナツが好きなんだろう?
私はフレンチ・クルーラーだけは好きです。

■■■

主人公は、青豆という女と、天吾という男。この二人のパートが交互に語られる。
二人とも29歳で、もうすぐ30歳。私もまったく同じ年だ。
だからおそらく、この二人の主人公を身近に感じながら読んだ。
物語にはいろいろなキーワードがある。
左翼、カルト宗教、親に見捨てられた子ども、17歳の少女の書く不思議な小説、
サハリンとギリヤーク人、ディケンズ、チェーホフ、DV、猫の町、10歳の子どもの愛。

これを読み終わった人は、
「リトル・ピープル」とは結局何だ?ということを、きっと考えるはずだ。
私もずっと考えている。でも、簡単には答えは出ない。
「ねじまき鳥クロニクル」を理解するのに10年かかったように、
これから先、私が成長すればわかるようになるのかな。

しかし、この小説を読んで一番感じたのは、村上春樹は、「物語の可能性」というものを
すごく信じているのだということだ。そこに、とても感銘を受けた。
村上春樹は以前、カルト宗教にはまる人たちが、「カラマーゾフの兄弟」を読んでいたら、
入信を阻止できたかもしれないというようなことを言っている。
本が好きだった私には、それがよくわかる。
物語は、現実の過酷さや挫折から人の心を救う。

理論や目に見えることだけで世の中を理解した気になるのは、危険だということ。
おそらく、情報として知らされないだけで、世の中にはもっと悪いことや、
もっと不思議なことがあるはずなのだ。
たぶん、そういうことを伝えたいのじゃないだろうか。若い人たちや、生きるのがつらい人たちに向かって。

青豆が、都市高の非常階段を下りた瞬間、1984年から1Q84年にはまり込んでしまったように、私たちもいつでもささいなきっかけで、2009年から、200Q年の世界に行ってしまうことも起こりえる。
少なくとも、絶対にそんなことは起こらない、とは言えないと私は思っている。

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