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小説と音楽と日々

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「極北」

マーセル・セロー
中央公論新社
¥ 1,995
(2012-04-07)

村上春樹の翻訳です。
今まで読んだ春樹訳の小説の中でも、あまりないタイプの小説でした。
訳文も良い意味で抑えられていて、とても読みやすかったです。
村上春樹の翻訳だということを途中忘れてしまってました。
舞台は近未来、文明の進みすぎによって汚染され、終末を迎えた世界。
タフに生きのびようとするメイクピースという女性が主人公。
彼女が目にする、世界の終わりの物語です。
(同じ本を読んだ夫は「1Q84」みたい、と言っていました。
たしかにメイクピースは青豆と似たタイプの戦う女性です)

村上春樹がこの小説を翻訳しはじめたのは、2010年夏、震災の前でした。
しかし翻訳途中で東日本大震災が起き、そのあとこの小説の持つ重みに気づいたと
いいます。
たしかにどうしても、読んでいてチェルノブイリ、そしてフクシマのことを思い起こさせる物語なのです。まるで予言のように。
ここで描かれる「極北」で生き延びる人たちの姿は、もちろんフィクションですが、
それは現実に起こるかもしれない近未来の姿だということ、
その予感についていろいろと考えさせられる小説でした。
世界が終わっていくとき、人々はなにを見て、なにを考え、
なにを残そうとするのだろう。
私の場合は?

「でも今ではこう考える。私がおまえに残せる最良のものは、何も書かれていないおまえ自身の真っ白なページなのだと」(p.369)




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「アブサロム、アブサロム!」

ここ数年、年末年始は長めかつ重めの小説を読むことにしているのだが、
それにしてもこの小説は手強かった!
「がんばって読んだねー」と自分をほめたくなった…
ひとつのセンテンスが長く複雑で、その上小説の構造が凝っているので、
行きつ戻りつしながら、最終的には勢いで読み終えた。
しかしそのぶんずっしりと心に残る、とても面白い小説だった。

■ ■ ■

舞台は1800年代から1900年初頭にかけて。
アメリカ南部の田舎町で、プア・ホワイトから成り上がった男サトペンが、
巨大な屋敷と荘園を建設し、自らの家系を築きあげる。
黒人奴隷を多数雇い、地元の名士の娘をめとり、子どもにも恵まれるサトペン。
しかし華やかに繁栄を極める一族に、思いもよらぬ没落の影がしのびよる。
それはサトペン一族の、秘められた血の歴史が原因であった。

南部の繁栄の歴史は、アフリカから連れてきた黒人奴隷たちの血の上に
成り立っている。
強大な国家の歴史の中で、暗い染みのようなその事実は決して消すことが
できない。
南部の華やかな繁栄、成り上がり。しかしそのあとに残された人種差別、
奴隷制の問題、そして南部人の心に残された黒人奴隷たちに対する罪の意識は
南部の白人たちを侵食してゆく。

南部という土地で、黒人たちを利用して成り上がったサトペンは、
結局、彼が気まぐれに残した、黒人の血の混じった子孫たちによって滅ぼされていく。
彼の本当に残したかった「純血=白人」の子どもたちもまた同じように
混じりあう血の運命によって朽ちてゆく。


つらつらと書いてみたが、私はアメリカ南部の歴史のことは、ほとんど知らない。
知らないけれど、少なくともフォークナーの小説を2冊(「八月の光」)
読んだ後、南部の土地に流れる空気のようなものを少しわかった気がする。
それは、歴史の教科書を読んだだけでは、きっとわからないことだった。
圧倒的な物語によって、その時代、土地、出来事の手触りを伝えてもらった
気がする。あらためてすごい小説家だと思う。



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「モンテ・フェルモの丘の家」

イタリアの女性小説家、ナタリア・キンズブルグの小説。
書簡体小説です。手紙のやりとりで話が進んでいきます。
私はこの手紙で物語が進む小説というのが好きです。
自分でも手紙を書くのが好きなので、書簡体の小説は特別好きに思えます。

で、こちらの小説ですが、中年の男性、もと愛人とその夫、その友人、その子ども…
などと、人間関係はけっこう入り組んでいますが、
手紙を読んでいるうちにだいたいわかってきます。
ローマという都市では、年齢や性別を越えて友人や仲間になるようで、
その中心にいる夫婦の住む家が「モンテ・フェルモの家」です。
その家を中心とした仲間たちそれぞれが、お互いに手紙をやりとりし、
それを読んで私たちは、なんとなく人間関係や抱えている気持ちなどがわかってきます。
そのコミュニティから去る人、新しく仲間になる人がいて、人間関係が少しずつ変化し、
いろんなことが起こるうちに、楽しかった仲間との日々が失われていきます。
文通は最初は淡々とはじまりますが、だんだん衝撃的な出来事が多発し、
先が気になって仕方ありませんでした。
けっこう救いのない結末ですが、それも手紙で知ることになるので
そこまで暗くならずにすみます(笑)

そして、この小説は翻訳がとてもすばらしい。須賀敦子さんの訳です。
少し前に読んだ「インド夜想曲」もたまたま須賀さんの訳で、このときも
すごく洗練された訳文だなあと感じ入りました。
翻訳小説は、翻訳の相性がかなりあると思うので、
好きな翻訳家というのは大事なのです。
須賀さんの訳書はこれからいろいろ読んでみたいと思います。
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「インド夜想曲」

夫のすすめでなんとなく読んだのですが、とても面白かったです。
インドの旅行記の形をとった幻想小説です。
主人公は、失踪した親友を探しにインドを訪れ、親友の足跡をたどって
インドのいろんな場所を巡り…。
淡々とした静かな文体で語られる、不思議な異国の地での出来事は、
どこか現実離れしていて、しかしすごく印象に残ります。
ものすごくリアルな夢を見ているような心地。

行ったことはないですが、インドのねっとりした夜の空気が
肌に感じられるような、いささかトリップした読書体験でした。
頁が薄いのですぐ読めますし、
ウィスキーとか飲みながら読むといいよ。

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「オリーヴ・キタリッジの生活」

アメリカの田舎町を舞台にした、短編連作集。
普通の人々の当たり前の人生を切り取ったような13の物語。

13の話すべてに顔を出すのが、「オリーヴ・キタリッジ」という女性。
元数学教師で、夫がいて、一人息子を愛している。
少しずつわかってくるが、オリーヴはけっこう大変な性格をしていて、
まわりも、彼女もけっこうしんどい。

さみしい街に暮らす登場人物たちの人生は良いことばかりではなく、
むしろ物悲しい。
劇的な事件が起こるわけでもないが、そのぶん切実で胸を打つ。
読んでいる途中、わたしも気持ちがすっぽり入り込んでしまっていて、
読み終わっても、いつまでも忘れがたい本だった。
あとがきの「どこに暮らしていようとも心の中の生活には激動がある」
という言葉が心に残った。

ピュリッツァー賞受賞。訳は小川高義。

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「リリアン」

 1924年、美しい娘リリアンが、ロシアからアメリカへやってくる。
ポグロム(ユダヤ人迫害)で両親と夫を惨殺され、一人娘も失って、
単身、新天地へと渡ったのだ。
ニューヨークの従姉の部屋に転がり込んだリリアンは、お針子として自活するが、
ほどなく劇場主父子双方の愛人となり、新世界の階段を駆けのぼってゆく。
父ほどの年配の男たちとのあいだに育まれる愛情と友情。だがそこへ、
死んだはずの娘が生きているという話がもたらされるや、
彼女はすべてをなげうってシベリアをめざす。


いやー濃厚な長編でした。
リリアンは生きるためにしたたかで、けれど純粋です。
ニューヨークで金持ちの親子に気に入られ、父と息子両方の愛人をやってのけるという芸当に出ながら、生き別れた三歳の娘がシベリアにいる(かもしれない)、というあてにならない情報を掴むやいなや、あっという間にすべてを捨てて身一つでシベリアに向かう。

愛人の座におさまり、一応は安定した暮らしと将来を約束されたのに、
遠く離れたシベリアにいるらしい幼い娘を心配し、命の危険をおかしてまで
追いかけていこうとするリリアンをなだめようとして、
いちばんの友人である年配の男が、尋ねます
「ソフィー(娘)がきみのものだから、だからそんなに心配しているのか」と。
それに対するリリアンの答えが印象的でした。
「ちがうわ。あの子はわたしのものじゃない。わたしがあの子のものなの」

そうなんですよね。その気持ちなんだかすごくよくわかりました。


出会う人々とつかの間の友情、または愛情のようなものを育みながら、
北へ北へと向かうリリアン。
彼女の旅はどうなるのか、最後までその行く末は目が離せませんでした。
彼女の道中で出会う人々の、その後の人生も描かれているのが良かったです。

人生は、本当に長い長い旅のようです。
私も今はその道の途中で、終点に到着したときに、初めて自分の旅を振り返ることになるのでしょう。おそらく何年だか何十年だか先に。

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「ティファニーで朝食を」

トルーマン・カポーティ
新潮社
¥ 1,260
(2008-02-29)

村上春樹訳の"Breakfast at Tiffany's"
なんといっても、装丁が素晴らしいです。ティファニー・カラーに、金の縁取り。
うっとりです。これだけで手元に置いておきたくなります。
文庫が出ましたが、どうして同じデザインにしてくれなかったんだろう・・・と
残念です。まあ文庫版もデザイン素敵なんですが。

映画をずいぶん昔に見たような気がします。
記憶はおぼろげながら、なんだかヒロイン、ホリーのイメージが、
小説と映画とではずいぶん違いました。
小説のホリーは、オードリー・ヘップバーンのように清楚な雰囲気ではありません。
もっと奔放で、はすっぱな、でも人を惹きつける女の子として描かれています。

ホリーは若くて綺麗で華やかで、野心にあふれています。
人間関係も少々派手で、彼女のアパートの部屋にはいつも人が集まってパーティー。
同じアパートに住む、駆け出しの小説家の「僕」も、ホリーの魅力に参ったひとり。
奔放な彼女に振り回されつつも、友達として彼女を支えたいと思っています。
「僕」は、ホリーのパワーの源は、若くて綺麗で、生命力にあふれているがゆえだと
思っていたのですが、
少しずつ彼女のバック・グラウンドが明らかになるにつれ、彼女を動かしているエネルギーが、
明るいものだけではないということに気がつき始めます。

読み終わったとき、一抹の哀しみのようなものが心に残りました。
ホリー・ゴライトリーという女性は、結局、"Drifter"なのです。
一箇所にじっとしていることができない。もっと遠くを見たい。
もっと楽しいことをしたい。そしてそれを自分で止めることができない、
言わば精神的な放浪者です。
男性にはけっこうよくいます。例えば、極端な例ですが、「紅の豚」のポルコ。
男の人ならいいのです。「いつまでも少年のようだ」と、それが魅力だと言われるでしょう。
ただ、女の、若くて美しい女性の放浪者は、孤独です。
いつか若くなくなって、誰もまわりにいなくなることが怖くてたまらない。
一人でいるのは死ぬほど寂しいけれど、誰かに縛られたりするのは耐えられない。
だから、他人から見たらめちゃくちゃなことをしでかしてしまう。

「いつもそこにいるだけで幸せになれる、ティファニーみたいな場所があれば、
私も落ち着いて生活したり、猫に名前をつけたりできるのにな」
と彼女は言います。

小説のラストシーン、「僕」が見つけた小さな希望が、胸をあたためてくれるような気がしました。


BGM: 「鎌倉物語」 サザンオールスターズ

原由子の声を聴いてると、あんみつとかくずきりとかが食べたくなる。

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「オン・ザ・ロード」

1940年代、アメリカ東海岸。
若い作家、サル・パラダイスは、仲間たちとヒッチハイクの旅に出る。
ニューヨークからサンフランシスコまで、アメリカ大陸を縦断する旅は、
貧乏だが、女、ドラッグ、音楽、そして仲間との大騒ぎに満ちていて素晴らしい。
中でもいちばん面白くてめちゃくちゃな男は、西部出身で少年院上がりのディーン。
彼を中心にして、路上の旅が始まり、日常は疾走していく。

ロードムービーのような小説だ。
ヒッチハイクした車の窓から見える風景のように、8ビートのロックのように、
物語はどんどん加速する。
いい年をして、乱痴気騒ぎばかりして、まったく落ち着かない主人公と仲間たちに、
あきれ半分で読んでいたが、大騒ぎのあとで、決まってややだるい気分に落ち込んでしまう彼らの気持ちには私も覚えがある。
記憶をなくすくらい楽しんだ飲み会のあとの、自己嫌悪に似た気だるさ。

池澤夏樹はこの本をこう紹介する。

「自由というのはこんなに楽しいものか。
20世紀半ば、『オン・ザ・ロード』は若者の解放宣言だった。
男二人、ニューヨークからメキシコ・シティまでのおしゃべり過剰の、
気ままな、行き当たりばったりの旅にぼくたちは同行する。 」


永遠の青春小説といわれる所以が、読み終わってよくわかった。
若さと自由が輝いていた、最初の年の「路上」の旅。
それから数年、いつの間にか仲間たちも少しずつ年を取って、気づかないうちにちょっとずつ何かが変わってしまった。「彼」以外は皆。
最後の旅で彼らはいよいよ国境を越え、青春の終焉がロードの終わりに見える。
そしてその輝きは、振り返ったときに初めて気づくものなのだ。

忘れがたい小説だ。私もいつのまにか昔のように若くはなくなった。
少しくたびれた(ビートな)今の年になって読めてよかったと思う。

「ディーン、おれの望みはさ、いつかそれぞれに家族をもって同じ通りに住み、
いっしょにじいさんになっていくことだ」
「だよな―おれもそう祈ってる」
(P.354)

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「さゆり」

アーサー ゴールデン
文藝春秋
---
(1999-11)

 数年前にスピルバーグ監督によって映画化された「SAYURI」の原作。
著者はアメリカ人です。訳は大好きな小川高義氏。

貧しい漁村から身売りに出された少女が、ひとりの男性を胸に想いながら
祇園で道を切り開いていく物語です。その女性の回想で話は進みます。

まあストーリーは「あしながおじさん京都版」という感じですが、
なんといっても興味深かったのは、花街祇園を生きる女たちの描写です。
一般には知られない芸妓や舞妓の日々の暮し、女同士の壮絶な駆け引き、ライバル心、
複雑で金のかかった祇園のシステムといった、京都の一流の花街の、
秘密に守られたサロンの内部を細かに描写してあるのが、とても面白かったです。
やはり女の世界は、一見豪華絢爛に見えても、底ではドロドロしているものですね。

わたしは映画は見てないのですが、主役の芸妓にチャン・ツィイー、
その恋い慕う年上の男性に、渡辺謙ということで、なかなかぴったりな配役で
あるような気がします。

面白かったのであっという間に読みました。
日本の文化の秘密は奥深いものだと感じると同時に、
これをアメリカの作家が書いたというのもなんだか不思議な気がしました。

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「また会う日まで」

ジョン・アーヴィング
新潮社
¥ 2,520
(2007-10-30)

長い小説だった。そしていい話だった。

刺青師の母親に連れられて旅をしている、ジャック4歳の頃から物語は始まる。
オルガニストの美男子の父親に捨てられた母親は、父親を追って、
子どもとともに北欧の町を転々とする。
手がかりは「刺青」。父親は各地の腕のいい刺青師を訪ね、
体中に賛美歌の楽譜を彫り込んでいるという。
コペンハーゲン、ストックホルム、オスロ、ヘルシンキ、アムステルダム…。
母親とジャックはそれを追う。
数年後、父をあきらめ、カナダに落ち着くまでは。

この話は1000ページもあり、上巻は、カナダに落ち着いたジャックが
女に翻弄され続ける少年時代を経て、俳優になるまで。
下巻は大切な人を次々になくし、38歳になったジャックが、
もう一度子どもの時代の旅を再現するまで語られる。
長い長いこの小説は、中盤がややだるいというか、なんとなく冴えないのだけれど、
それはジャック自身の人生が行き詰っているからだと、読み終えて気がついた。
大人になっても、ずっと子ども時代からの問題を引きずったまま生きているジャックは、
年を重ねるにつれ、他人とうまく関係を築けなくなる。
俳優という華やかな世界に生きながらも、年上の女性にコンプレックスが強いせいで、
どんどん女を渡り歩くことになり、彼女たちへの責任をとることから逃げ回っている。

しかし、子どもの頃に母親に連れまわられて彷徨った国々を、
大人になって再び旅するとき、彼にはいろんな謎が解けてくる。
母親のついていた壮大な嘘、父親の気持ち、
そして自分が誰に支えられて生きていたのか。
長い迷いの時間があるから、自分自身を探す旅を終えたときに見えてくるものは、
ことさら明るく輝いている。

アーヴィングらしい楽しい小説の仕掛けも魅力的。
たとえば、大人になったジャックが紆余曲折を経た後、映画の脚本を書き、
その作品がアカデミー脚本賞を獲る、という箇所があるのだけれど、
実際その年脚本賞を獲ったのは…?
大切なものがたくさん詰まったおもちゃ箱のような小説だった。
いつまでも余韻が残った。

翻訳は小川高義氏。表紙がすごく素敵です。

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